「人の話を聞くのが好きになった」不登校の僕が42東京で見つけた、心地よい繋がり
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「人の話を聞くのが好きになった」不登校の僕が42東京で見つけた、心地よい繋がり

42東京

42東京では学生同士からの信頼も厚く、笑顔が印象的な奈良昴さん。彼は不登校、引きこもりという過去の経験を持っています。どんな時でも奈良さんの気持ちを尊重し、学びたいことを好きなだけ学ばせてくれた両親について、プログラミングとの出会い、そして42東京に入学してからの心の変化について話を聞きました。

不登校時代。自由な雰囲気のインターナショナルスクールで学ぶ

ー奈良さんは小学校のときに対人関係に悩んで、学校に行かなくなってしまったんですよね?その原因というのはなんだったんでしょうか?

奈良:当時太っていたので、いじめの標的にはされやすかった。擁護してくれる人たちもいたけど、いじめる人がいるところにわざわざ行きたくないなと。それが小学校5年生くらい。

ー学校へ行かなくなり、家では何をしていましたか?

奈良:父が電気工事士の資格を一緒に取らないか?って誘ってくれて、資格を取るために勉強していましたね。もとより学校へ行くことと勉強ができることは同義ではないとは思っていました。学校へ行かなくても知識は蓄えることができる。ゲームをしていることも多かったですが(笑)

ー主にどのように知識を蓄えていたのでしょうか?

奈良:本を読んだり、家族で共有しているPCもあったので、それを使って色々調べていました。

ー中学校はどうでしたか?

奈良:そのまま公立の中学校へ進むんですけど、すぐ行くのが嫌になっちゃいましたね(笑)。

ー不登校の間、どんな風に過ごしていましたか?

奈良:実は、小学校高学年くらいから近所の教会へ通うようになってクリスチャンになったんです。キリスト教のプロテスタント教会だったんですけれど、その教会でインターナショナルスクールのチラシを見つけて、そのインターナショナルスクールに通うことを決めました。そこで中学校の勉強をしました。いじめもなく、小学生から高校生まで仲良く自由に過ごしていて、とてもいい環境だと思いました。全ての授業が英語で、日本人もマイノリティでした。

ー公立の中学校から編入したということですか?

奈良:日本の中学校としての認可は受けていないので、卒業証書とオール1の通知表をもともとの中学に受け取りに行きました。

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プログラミングとの邂逅と職業訓練を経て見えたもの。

ー高校もインターナショナルスクールへ?

奈良:インターナショナルスクールで日本の高卒の資格を得るためには、色々大変だったので、家から比較的近かった工業高校の新しくできた学科に一期生として入学しました。そのころ、技術的なことを学びたいと思っていたからです。

ー具体的にはどんな内容ですか?面白い授業はありました?

奈良:専門的に特化した4つの学科、工業化学科、機械科、電気科、情報科を満遍なく学べる理数工学科という学科でした。その中でも情報系の授業が面白かったですね。C言語というプログラミング言語の基礎を学び、関数を使って簡単なプログラムを書く授業です。

ープログラミングの楽しさを知ったのはその頃?

奈良:はい。あとインターナショナルスクール時代にウェブデザインの授業があって、それも関係しています。デザインすることより、デザインを実現するコンピューター自体に興味を持ちました。コンピューターは便利だけれど、言った通りのことしかできないし、やってくれない。そこが面白いなと思いました。

しかし、高校も3年間は行けませんでした。不真面目な人たちが授業を妨害するんです。それでモチベーションが下がり、結局辞めることにしたんです。1年生の終わりごろ引きこもりがちになって、2年生で、高卒認定試験を受けて合格。そのあとに辞めました。

ーそれからはどのように過ごしていましたか?

奈良:大学受験もしようかなと思ったのですが、やっぱり技術系のことを勉強したいと思ってハローワークの職業訓練コースに通うことにしました。条件を満たせば毎月10万円もらいながら学べるというものです。ネットワークセキュリティの職業訓練に通い始めました。インフラを構築する技術のベースはそんなに頻繁に変わるものではないんですが、プログラミングの技術は流行り廃りがあって、すぐに新しいものに置き換わってしまうことも多いです。だからこそ、まずは、根幹となる知識と技術を身につけようと思ったんです。

ー職業訓練を終えてその後はどうしたんですか?

奈良:CCNAという資格試験に合格して、就職に向けて動き出そうとしたんですけど、まだ物足りなさを感じていました。

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理解者である母が教えてくれた、42東京

ーそんな奈良さんが42東京をどのように知ったのか教えてください。

奈良:漠然と消化不良の気持ちを抱えながら、引きこもったり好きなことをして過ごしていました。そんな時に母がNHKのネット記事で特集されていた42東京について教えてくれたんです。

ーお父さんも電気工事の資格試験に誘ってくれたり、ご両親は奈良さんに理解がある印象を受けました。奈良さんから見てどういったご両親だと思いますか?

奈良:いい意味で放任主義の両親ですね。見守りつつ、良い方向に導いてくれますし、個人として尊重してくれる。妹が下に2人いるんですけど、両親は僕らを信頼してくれているというのが、とても伝わってきました。

ー家族でちゃんと奈良さんの意思を共有されていたということですよね。42東京について率直にどう思いました?

奈良:プログラミングには興味がありましたし、講師はいなくて自分たちで調べて勉強するというのも合っている気がしました。母も42東京がそんな僕に合いそうだと思ったのではないでしょうか。

ー他に引っかかったポイントはありますか?

奈良:入学試験が一ヶ月続くというのもそうですね。それを自分たちの力でクリアしていくところ。あと、基礎カリキュラムがC言語で行われるということ。

ーあえてC言語を使うことのメリットはなんでしょう?そこが奈良さんのフックになった理由も併せて教えてください。

奈良:C言語は、コンピューターの歴史の中でも古い言語で、メモリー確保や解放など、全てをプログラマーが記述する必要があります。全て書かなければいけないということは、嫌でもコンピューターの仕組みを知り、コンピュータの気持ちになって考えなければいけないんです。プログラムを書く効率だけを考えれば、最近多く使われている、簡単に書けるPythonや、Googleが開発したGO言語なんかを使った方がいい。

古くて非効率的なC言語をあえて使うということは、世間一般的な就職目的のプログラミングスクールではなくて、コンピューターサイエンスの知識や、学び方を学ぶための場所なんだなと思いました。

ーベースとなる技術を身につけることで、新しいものに対しても対応力が身に付く、ということですね。

奈良:そうです。最近開発された言語も、C言語をベースに開発されているものは多いですし、コンピューターの根本的な仕組みはめったに変わらないですから、基礎になるものをしっかり理解して使いこなせれば、新しい言語や技術に対しても自然と強くなります。

ーお母さんもきっと、就職のためというより、奈良さんの興味を優先して勧めてくれたんでしょうね。

奈良:親も「学びたいことを学びなさい」というスタンスを取ってくれているのはありがたいです。

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42東京はチャレンジできる場所。失敗を繰り返して人にも自分にも寛容に

ーそして、入学試験Piscine(ピシン)に挑むわけですが、内容はどんなものでしたか?受けてみてどうでした?

奈良:家族共有のノートパソコンを使って、1ヶ月間ひたすらコードを書き続けました。最初は全然分からなかったですね。

ー何も分からない状態からどうやってその課題をクリアしていくのですか?

奈良:最初はヒントや調べ方を教えてくれるんです。こんな単語で検索するといいよ、みたいな。試験が進むにつれ、だんだん難しくなっていって、自分で考える領域が広がっていきます。

お互いの書いたコードを説明しあう「レビュー」では、自分より課題が進んでいない生徒にも当たることになります。その場合、相手にちゃんとわかるように工夫して説明し、納得してもらわないと次のステップには進むことができません。自分の説明力が試されるわけです。逆に自分よりレベルの高い人に当たれば理解力が試されますが、色々直してもらったり聞くことができます。

ひたすら課題とレビューを繰り返してクリアしていきました。もしpiscineに合格できなくても、すごく自分にとっては学びになると思いましたし、ある程度の手応えは感じていました。

ーくじけそうになったりしませんでした?

奈良:ないと言えば嘘になりますね(笑)。最初は何を作ればいいのかもわからない状態でしたし、課題が進むたびに出てくる新しい概念を理解するのも簡単ではありませんでした。 それでも、互いに助けあって、新しいことができるようになっていくのが、とっても楽しかったんです。

ー入学してみて、42東京のいいところ、悪いところそれぞれ感じていると思います。奈良さんの感想を教えてください。

奈良:先生もいないし基本野放しなので、意思の強さと自主性を求められます。いいところは期間内であれば何度でも人に教えてもらってトライできること。失敗を恐れる必要はないから、どんどんチャレンジできます。失敗をすることで自分の弱点も分かるし、その経験を活かして人に教えることもできる。

ー奈良さん自身で変化した、成長したと思う部分はありますか?

奈良:人に対しても自分に対しても、失敗に対して寛容になれたし、元々、話すのも聞くのもそこまで好きじゃなかったんですが、人と話すことが好きになりました。

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自走力と実装力。引きこもりから自分の意思で掴んだ人と関わる大切さ

ー奈良さんが42東京で実現したい目標はありますか?

奈良さん:今までは物事に熱中しすぎて体調悪くする、みたいなこともあったので、程よいペースと熱量を継続させたいというのが目標のひとつです。

ー奈良さんが42東京で得た学びはどんなものでしょうか?

奈良:論理的・建設的に会話することの大切さはもとより、そもそも人と関わることの大切さや楽しさを知ることができました。あとは自走力と実装力ですね。

ーそれをどんな風に活かしたいですか?また、どんな職種につきたいと思いますか?

奈良:ここで学んだことは何事にも活かせると思っています。職業についてはまだ決めていません。教会で、牧師にならないか?なんて誘われたりもしています。

ー具体的に作ってみたいものはあります?

奈良:クリスチャンであっても聖書に触れていない人が多く、そういった人たちが手軽に読めるような仕組みを作りたいです。世界では聖書を翻訳するプロジェクトがあって、聖書が対応していない言語や、そもそも言語学的な研究が進んでいない言語もまだまだあるんですよ。人口比として少ないけれど、母語として読めない地域が多いんです。いつかそういう人のために、学んだ技術を活かして携わりたいです。

ーでは最後に、「42東京」に興味を持っている、学生やご家族に、聖書を引用したメッセージをお願いします。

奈良:文脈を無視して引用することはあまり好ましいことではないのですが(笑)、あえて挙げるならば、「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい 。そうすれば見つかります。叩きなさい。そうすれば開かれます」。42東京の特性を言い得ている言葉だと思います。

奈良 昴 / Subaru Nara
小学校高学年の時から不登校。不登校の期間、父親と一緒に電気工事士の資格を取得。公立中学校に在籍しながら実質はインターナショナルスクールで学び、高校は工業高校で、既存の4つの学科を満遍なく学べる理数工学科へ進学。職業訓練校を経た後、母親から教えてもらったNHKのネット記事で42東京を知る。2020年9月の入学試験piscine(ピシン)に合格して同年11月、42東京入学。
GitHub  https://github.com/snara-42

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取材・執筆:望月智久

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