これからのエンジニアに必要な「学び」:42 Tokyo出身のドリーム・アーツ社員が手掛けた「Tuning the backend Contest 2023」
パートナー企業のドリーム・アーツ主催のもと、昨年に引き続き2023年6月16日から18日にわたり、42 Tokyoにてチューニングコンテスト「Tuning the backend Contest 2023」(以下、TtbC2023)が開催された。昨年を超える62名が参加し、20チームに別れてそれぞれの力を結集、ドリーム・アーツから出題された課題に鎬を削った。
ドリーム・アーツと42 Tokyoが運営する今回の取り組みのなかで、昨年から異なる点が大きく3つある。
1つ目はオンライン/オフラインのハイブリッド開催だった昨年と異なり、コロナ禍が明けた本年は六本木の42 Tokyo校舎のみでの開催となったこと。キャンパスで行動制限を気にせずに自由にプログラミングに取り組む学生の姿がそこにはあった。
2つ目は、課題の提示方法が「改善」されたこと。昨年はまさに「ぶっつけ本番」で問題が発表されたため、使用するプログラミング言語に関する下調べなどが必要となり、本質的な取り組みに至るまでに時間を費やしてしまう学生も少なくなかった。今回は事前に必要な技術スタックが告知されるなど、学生が予習をして、作業に集中できるような環境づくりが行われた。
そして一番大きな変化が、42 Tokyoを経てドリーム・アーツに就職したスタッフが運営に参加していたこと。4名の42 Tokyo出身者がメンターとして会場内で参加者の質問に答えながら、今回の運営に携わった。
コンテストを主催するドリーム・アーツのCTOである石田健亮氏は、以下のように振り返る。「昨年のイベントをきっかけに3名の方がドリーム・アーツに就職してくれました。もともと新卒で採用が決まっていた1名もふくめ、得意な分野はバラバラですが、全員非常に優秀です。単にプログラムが書けるというだけでなく、42 Tokyoの『学びあう、教えあう』カルチャーが身についています。自主的に勉強会を企画してくれたり、社内にどんどんポジティブな影響を与えてくれていると感じています」
コンテストの裏側を支えたドリーム・アーツのメンターたちはいったい何を感じたのか? 本稿では、4名の42 Tokyo出身メンバーと、もう1人のエンジニアの言葉からTtbC2023を振り返りたい。
泳ぎ切る力をくれる場所
「久しぶりに、帰ってきたな、という気がします」。ドリーム・アーツに2023年に入社した深田奈穂氏は、42 Tokyoに2020年6月の開校当初から在籍していた学生のひとり。コロナ禍による大きな変化のなかで学生たちがつくってきたコミュニティの変遷をみつめてきた。
昨年のコンテストにも参加した彼女はインターンを経て、ドリーム・アーツに就職。同校での学びと現在の仕事の関係をこう語る。「自分が現在所属しているチームは、わりと小規模なチームなんです。そこでエンジニアとして開発していくためには、泳げなくても泳いでいかないといけない…みたいなところがある。その能力はこのスクールで伸びたかなと思います」
4週間にわたり受験者同士で協力しながら課題を解きつづける必要がある42 Tokyoの入学試験「Piscine(ピシン)」はフランス語で「プール」の意。42 Tokyoで「泳ぎ」つづけてきた彼女の経験が垣間見える。
「去年優勝したときは、チームで上手く分担ができたんですよね。個々の担当した作業をうまく合体できたというか…」。深田氏とおなじプロセスを経てドリーム・アーツに入社した彼は、昨年のコンテストで優勝できた要因をこう分析する。
当時コロナ禍に対応して提供されていた42 Tokyoのオンラインプログラムを広島で受講していた中本氏は、現在ドリーム・アーツの広島オフィスで勤務している。「もともと就職のことを考えてコンテストに応募したわけでは全くないんですよ。賞金が出るゲームという感覚でした。とにかく盛り上がったのを覚えています。ただ、 今回監督する側として参加して、改めてコンテストの準備や実施の大変さを実感しています」
「実はチューニングコンテストに出た経験がないんです。ただ42 Tokyoで出されるチーム課題とは近いところがあるので、それを思い出しながらメンターとして会場を回っていました」
先の2名とは異なり、昨年のコンテスト参加時にすでにドリーム・アーツに入社していた渡邊永作氏は、今回のコンテストを運営して、チームで課題に取り組んでいた42 Tokyoのころを思い出しながら、以下のようなことに気づいたのだという。
「同じ課題に複数のメンバーで取り組むときに、大事なのは作業を進める手の量が増えることじゃないんだと気づきました。視点の数が増えることが重要なんだと」
学生から作問者への成長
おもにメンターとして運営に参加した深田氏、中本氏、渡邊氏に加えて、ほかの2名はおもに課題の作問を担当。メンターとしても動きながら、チームそれぞれが問題にどのように取り組んでいるかを分析しながら、参加者のサポートに努めていた。
「去年の自分がもし今年のコンテストに参加しても、何もできなかったかもしれません…。まあ去年コンテストに参加したときも、全然手が出なかったんですが(笑)」。コンテスト、インターンを経てドリーム・アーツに入社し、今年のコンテストの作問を担当した高田佳祐氏は、去年の自らの実力を笑いながら振り返る。
42 Tokyoに入学するまではプログラミングの経験がなかった高田は、自分でもこんなに早くエンジニアとして働いている未来は想像できなかったという。「42 Tokyo で学んだ『とりあえず、やってみる』精神のおかげですね。去年は何もできなかったのが悔しくて、自分でもちょっと勉強してインターンの選考を受けたんですよ。そこがエンジニアとしてのスタートだったのかなと思います」
「42 Tokyoには初めて来ました。噂は聞いてたんですけど、本当に楽しそうな環境ですね」。今回メンターのなかで唯一42 Tokyo出身ではない具志堅凌河氏は、学生たちの熱量に驚いたようだった。
情報系の大学を卒業したのちに新卒でドリーム・アーツに就職した具志堅氏は今回、作問をサポート。42 Tokyoの雰囲気にドリーム・アーツに根づくバリューとの近さを感じたという。「42 Tokyoでの学習の核となるピアラーニングが育んだお互いに教えあう風土と、ドリーム・アーツがもつ『協創』の姿勢はとても近いと思いました」
メンターという「仕事」
まず、5人のメンバーの話を聞くなかで、そもそも「コンテスト」におけるメンターという立ち位置の難しさに関するコメントが多かった。順位がつくコンテストでは、メンターの関与によってスコアが変わってしまうと競技として成立しなくなってしまう。基本的には「このトラブルをどう解決したらよいか?」と尋ねられたときに、答えを返すことができないのだ。
では、実際にメンターたちは何をしていたのだろう。中本氏は「チームのなかで役割を見出せない人」に対して、貢献につながる一歩目のアプローチをサポートしてみた」という。「ドキュメントのここを見たら、こんなことが書いてあるよ、とアドバイスをすることで、最初のとっかかりを見つけてもらうような動きをしていました」。答えを教えるのではなく、参加者をそっと後押しするような支え方こそが、メンターには求められたのかもしれない。
42 Tokyoで学んできた学生は、やり取りをどう感じたのだろう。「ピアラーニング」とよばれる42 Tokyoの学生たちがお互いに教え合う文化では、答えそのものを直接伝えことはあまりなかったと、渡邊氏は振り返る。「全く同じ問題は二度と目の前に現れないので、答えを教わったとしても思考のプロセスを再現できないと困ります。だからピアラーニングで教えるときには、相手がもつ思考の体系のなかに何を積み重ねていけるか、どんな気づきを促すことができるのか、といったことを考えていました」。単純な知識の交換ではなく、お互いに刺激しあい、独り立ちを助ける「学び」は、コンテストでも機能していたという。
違いを力にするチームプレイ
またメンターたちと話すなかで、よく挙がったのがチームプレイの重要性だった。深田氏は42 Tokyoで他人と同じ目標に取り組むことの重要性を学んだのだという。「分かったことを他人に伝えなければ、自分がいなくなったときに問題が起きますよね。知見を他人に伝えることは仕事において重要なのだと学びました。あと、ひとりで問題を抱え込むと誰でも辛いですよね。チームで1つの課題に取り組むなかで、そんな単純なことに気付くことができました」
一方、中本氏が42 Tokyoで感じたのは、学生たちの「違い」がもつ価値だったそうだ。画一的なバックグラウンドをもたない人々が集まる同校では、個々の興味のベクトルが違うからこそ、得意分野が異なるのだという。「同じプログラムを勉強していても、興味が伸びていく方向が違うんですよね。もちろん基礎となるコンピューターサイエンスの知識があったうえで、それぞれの領域ごとに特化した力が合わさるタイミングがある。だからこそ、チームで取り組む意味があるのだと思います」
チームプレイの重要性は、今回の作問のなかで高田氏も改めて感じたようだ。ゼロから勉強しなければならない知識もあったため、サポートの有難さをこう振り返る。「自分一人だと全くわからない分野がたくさんありました。作問しながら、具志堅さんが丁寧に助けてくれたからこそ、具志堅さんをどう助けられるかを考えることも多かったんです」
42 Tokyoで重要視される「チームプレイ」の在り方は、ドリーム・アーツがもつ「協創」という風土とも響きあうところが少なくない。1人の天才がすべてを解決できることよりも、うまくお互いを補い合うことで可能になるアウトプットを追い求める。コンテストでは、そんな学生の姿を見ることができた。
「建設的対立」が起きる環境
そして、メンターたちから課題に向かって取り組む参加チームについて話を聞いていると、何度も「建設的対立」という言葉を耳にした。ドリーム・アーツの価値観として掲げられている概念の1つで、「チームがよりよいアウトプットに達するためには、アイデアの対立や衝突を避けてはならない」という考え方だ。今回のコンテストでは実際に「建設的対立」が起きていたチームがあったと渡邊氏は教えてくれた。
「仲がよさそうに3人並んで取り組んでいたチームのスコアが、いつのまにか下がりだしたんです。たぶん作問のワナを踏んでしまったからなのかなと思います。そのチームは8時間改善に取り組んだんですが、スコアはいっこうに改善しなかったんです。そんなタイミングで、『一旦諦めて古いバージョンに戻さないか?』という提案がメンバーから出たとき、喧嘩になりかけていました。最後は3人でそんなこともあったなと笑っていたんですが…。それをみて、もし『建設的対立賞』があったのなら、あのチームにあげたいなと思いました」
ピアラーニングによる自発を促す「学び」と、チーム課題への取り組みによって生まれる「協創」。42 Tokyoで学生が伸ばしてきた2つの要素によって、よりよいアウトプットを目指すためのスタンスが生まれることを、メンターたちは教えてくれた。
もしかしたら、課題と同時に他人と真摯に向き合うその姿勢こそが、いまのエンジニアに最も必要なものなのかもしれない。
CTOの石田氏は去年から話題になっている対話型生成AIの登場で、その傾向はより明らかになりつつあると語る。「AIがコードを書けるようになりつつあるいま、単純な労働や繰り返しの作業が価値を生みづらくなっていると感じます。だからこそ、他人とコミュニケーションを取りながら大局的な設計を行い、プロジェクトを進めていく能力が不可欠になりつつある。この1年でその必要性は確信に変わりました」
「エンジニアを育てる」ためには、単に技術をみがくだけでなく社会との接点が不可欠となる。学生が企業を知り、企業が学生とコミュニケーションをとることで、その接点は大きく拡がりうる。2021年11月からパートナーシップを結んでいるドリーム・アーツと42 Tokyoにとって、TtbCは単なるコンテストというイベントを超えて、学生と社員が価値観を共有して学び合う、重要な場となりつつある。